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2009.01.11
阪神淡路大震災から、丸14年
1月17日、阪神淡路大震災から丸14年を迎えます。被災地の神戸などでは、追悼に向けての多くの活動が開始されています。
あの怖くて、寒くて、辛かった出来事を忘れてはなりません。震災で亡くなった皆様のご冥福をお祈りいたします。
筆者も被災者の一人ではありますが、記憶に残る震災前日の出来事があります。
震災前日の平成7(1995)年1月16日は、日曜日でした。
休日の夕方、車を運転している最中に、ラジオから「神戸で震度1の地震があった。」とのニュースが流れて来ました。
その時は「へえ〜。珍しいこともあるな。」と、いとも簡単に聞き流してしまっていたのです。
まさかこの震度1の地震が、翌日の震度7の前兆であったとは、夢にも思いませんでした。
当時、地震についての危機意識は、全く無かったのです。地震は近畿以東で起こるもの・・・と何の根拠も無く、勝手に決め付けていました。
大震災は、想定外の未曾有のゆれではありましたが、私も含め、もう少し早めに地震に対する危機意識を持っていれば、もう少し被害を小さく出来たのでは・・・と思えてなりません。
「神戸では、地震は起きない。」という当時の筆者の勝手な認識は「過去にも地震は起きていない・・・だろう。」という考えからでした。本当に、今まで一度も神戸には、大きな地震は起きていなかったのでしょうか?
いえ、実は昔に地震を何度か経験しています。今から約400年前の慶長元(1596)年「慶長の大地震」という大きな地震が、神戸を襲っています。被害の詳しい状況は残っていませんが、神戸で最も栄えていた兵庫の津(現在の兵庫区)がほとんど倒壊し、人や馬、牛も多く亡くなり、有馬温泉の源泉がストップしてしまうという被害を受けました。
また至近では、大正5(1916)年11月26日にマグニチュード6.1の地震が発生し、数人の死傷者が出ています。震源は、阪神淡路大震災と同じ明石海峡付近でした。
このように、調べれば、神戸は過去にも何度か大きな地震を経験しています。歴史をひも解けば、阪神淡路大震災が偶然におきた地震ではないことがわかります。
我々人間が、地震を含めた自然災害を止めたり、避けたりすることは出来ません。起きることを前提にして、被害を小さくするための対応が必要であることを 常日頃考えることが重要だと思います。
あの怖くて、寒くて、辛かった出来事を忘れてはなりません。震災で亡くなった皆様のご冥福をお祈りいたします。
筆者も被災者の一人ではありますが、記憶に残る震災前日の出来事があります。
震災前日の平成7(1995)年1月16日は、日曜日でした。
休日の夕方、車を運転している最中に、ラジオから「神戸で震度1の地震があった。」とのニュースが流れて来ました。
その時は「へえ〜。珍しいこともあるな。」と、いとも簡単に聞き流してしまっていたのです。
まさかこの震度1の地震が、翌日の震度7の前兆であったとは、夢にも思いませんでした。
当時、地震についての危機意識は、全く無かったのです。地震は近畿以東で起こるもの・・・と何の根拠も無く、勝手に決め付けていました。
大震災は、想定外の未曾有のゆれではありましたが、私も含め、もう少し早めに地震に対する危機意識を持っていれば、もう少し被害を小さく出来たのでは・・・と思えてなりません。
「神戸では、地震は起きない。」という当時の筆者の勝手な認識は「過去にも地震は起きていない・・・だろう。」という考えからでした。本当に、今まで一度も神戸には、大きな地震は起きていなかったのでしょうか?
いえ、実は昔に地震を何度か経験しています。今から約400年前の慶長元(1596)年「慶長の大地震」という大きな地震が、神戸を襲っています。被害の詳しい状況は残っていませんが、神戸で最も栄えていた兵庫の津(現在の兵庫区)がほとんど倒壊し、人や馬、牛も多く亡くなり、有馬温泉の源泉がストップしてしまうという被害を受けました。
また至近では、大正5(1916)年11月26日にマグニチュード6.1の地震が発生し、数人の死傷者が出ています。震源は、阪神淡路大震災と同じ明石海峡付近でした。
このように、調べれば、神戸は過去にも何度か大きな地震を経験しています。歴史をひも解けば、阪神淡路大震災が偶然におきた地震ではないことがわかります。
我々人間が、地震を含めた自然災害を止めたり、避けたりすることは出来ません。起きることを前提にして、被害を小さくするための対応が必要であることを 常日頃考えることが重要だと思います。
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