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2008.11.10
新アメリカ大統領と、大統領に初めて会った日本人のこと
アメリカの大統領選挙は、民主党のバラク・オバマ氏が、共和党のジョン・マケイン氏を大差で破って、当選しましたね。アメリカ至上、初めての黒人大統領の誕生です。
今年の初めから行われた予備選挙からほぼ1年間、この大統領選挙を通じて、素人なりに色々勉強になりました。
アメリカの民主主義に日本がまだまだ追いついていないなと感じました。また、アメリカ発の金融危機や企業の業績悪化などが報道される中で、「そんなの関係ねえ」と言わんばかりに、想像を絶する多額の資金を使った選挙活動を見ていると、アメリカの底知れぬ力を垣間見た気がします。きっとあっと言う間に、この経済危機を克服してくるのではないでしょうか。いや、そう願っています。
世界中が注目をした選挙でもありました。そしてオバマ氏の当選に、世界の多くの人々が賛辞を送りました。これは、世界は、今のアメリカの政策を良しとしていない証拠でもあります。世界は、アメリカが変わることを望んでいるのだと思います。アメリカの大統領は、アメリカだけの大統領では無いことが良くわかります。
そんな中、日本の政治家もしっかり、新しいアメリカとの関係、世界との関係をしっかり協議してもらいたいものです。「民主党」が勝ったから日本も「民主党」か?と一喜一憂するような、つまらない内輪揉めは、早くやめて世界を見て前進してもらいたいですね。
大統領つながりで、幕末ネタを1つ。
日本人で初めて大統領に接見し、日本人で初めてアメリカに帰化した人物が、今年、アメリカ帰化後150周年を迎えました。
その人の名は、「ジョセフ・ヒコ(Joseph Heco)」日本名浜田彦蔵、兵庫人です。
現在の兵庫県加古郡播磨町で生まれた浜田彦蔵は、運搬船(樽廻船)の乗組員だった13歳(嘉永4年)のときに、静岡沖で遭難しました。太平洋を漂流中に、中国から母国アメリカに帰港中の船オークランド号の乗組員に救助され、そのままサンフランシスコの土を踏むこととなります。
その2年後、嘉永6年に日本人で初めて当時の大統領フランクリン・ピアーズに接見します。安政5年には、これも日本人で初めてアメリカに帰化。翌6年には、日本領事のハリスの通訳として採用され、日本に戻ってきます。その後、色んな事業をやり、「新聞の父」とも呼ばれています。
詳しく書き出すときりがないので、この程度で。
漂流民としてアメリカに渡った人物としては、高知土佐藩の「ジョン・万次郎」が有名ですね。
でも、アメリカでの実績や日本への貢献度からすると、ジョセフ・ヒコの方が上ではないかと思います。でも、なぜかヒコは、あまりメジャーではありません。一方、ジョン・万は、NHK大河ドラマ「篤姫」にも出てきてますよね。
ヒコにちょっと興味が沸いた方、「ジョセフ・ヒコ、アメリカ帰化150周年」を機会に、関連する本を読んでみてください。
文久年間に本人が書いた「漂流記」や、最近の出版本では「ヒコの幕末―漂流民ジョセフ・ヒコの生涯」など他にもありますので、ぜひ。

今年の初めから行われた予備選挙からほぼ1年間、この大統領選挙を通じて、素人なりに色々勉強になりました。
アメリカの民主主義に日本がまだまだ追いついていないなと感じました。また、アメリカ発の金融危機や企業の業績悪化などが報道される中で、「そんなの関係ねえ」と言わんばかりに、想像を絶する多額の資金を使った選挙活動を見ていると、アメリカの底知れぬ力を垣間見た気がします。きっとあっと言う間に、この経済危機を克服してくるのではないでしょうか。いや、そう願っています。
世界中が注目をした選挙でもありました。そしてオバマ氏の当選に、世界の多くの人々が賛辞を送りました。これは、世界は、今のアメリカの政策を良しとしていない証拠でもあります。世界は、アメリカが変わることを望んでいるのだと思います。アメリカの大統領は、アメリカだけの大統領では無いことが良くわかります。
そんな中、日本の政治家もしっかり、新しいアメリカとの関係、世界との関係をしっかり協議してもらいたいものです。「民主党」が勝ったから日本も「民主党」か?と一喜一憂するような、つまらない内輪揉めは、早くやめて世界を見て前進してもらいたいですね。
大統領つながりで、幕末ネタを1つ。
日本人で初めて大統領に接見し、日本人で初めてアメリカに帰化した人物が、今年、アメリカ帰化後150周年を迎えました。
その人の名は、「ジョセフ・ヒコ(Joseph Heco)」日本名浜田彦蔵、兵庫人です。
現在の兵庫県加古郡播磨町で生まれた浜田彦蔵は、運搬船(樽廻船)の乗組員だった13歳(嘉永4年)のときに、静岡沖で遭難しました。太平洋を漂流中に、中国から母国アメリカに帰港中の船オークランド号の乗組員に救助され、そのままサンフランシスコの土を踏むこととなります。
その2年後、嘉永6年に日本人で初めて当時の大統領フランクリン・ピアーズに接見します。安政5年には、これも日本人で初めてアメリカに帰化。翌6年には、日本領事のハリスの通訳として採用され、日本に戻ってきます。その後、色んな事業をやり、「新聞の父」とも呼ばれています。
詳しく書き出すときりがないので、この程度で。
漂流民としてアメリカに渡った人物としては、高知土佐藩の「ジョン・万次郎」が有名ですね。
でも、アメリカでの実績や日本への貢献度からすると、ジョセフ・ヒコの方が上ではないかと思います。でも、なぜかヒコは、あまりメジャーではありません。一方、ジョン・万は、NHK大河ドラマ「篤姫」にも出てきてますよね。
ヒコにちょっと興味が沸いた方、「ジョセフ・ヒコ、アメリカ帰化150周年」を機会に、関連する本を読んでみてください。
文久年間に本人が書いた「漂流記」や、最近の出版本では「ヒコの幕末―漂流民ジョセフ・ヒコの生涯」など他にもありますので、ぜひ。
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